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札幌地方裁判所岩内支部 昭和41年(わ)4号 判決 1966年6月13日

被告人 金田秀行

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

理由

(犯罪事実)

被告人は薬種商を営み、自家用自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四一年一月一七日午後、所要のため、自己所有に係る普通乗用車を自ら運転して、郊外にある雷電温泉まで赴く途上

第一同日午後六時頃、岩内郡岩内町大字島野四七番地先二級国道二二九号線上を西進中、その頃、日没と前方から吹きつける吹雪のため、前路僅か十二、三米より見透ができない状態であつたばかりか、同国道は舗装され、その路面は氷盤状に凍結し、極めて滑走し易い状態であつたから、このような悪条件の下で自動車を運転する者は、前路の見透し可能距離や路面滑走度合等を勘案し、通行人を発見したときは、何時でも急停車その他臨機の措置を講ずることができる様減速進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるのに拘らず、右義務に背き漫然時速約三〇キロメートルで進行した過失により、たまたま同所付近において、左側から右側に向つて国道横断のため歩行している飯田ソノ(当時八一才)を左前方約一三米の地点に発見し、あわててブレーキを踏み、かつ、ハンドルを左に切つて接触を回避しようとしたが間に合わず、自動車右前部を同女に衝突させて同女を道路上に転倒させ、因つて同女に対し、右骨盤骨折、第八、九肋骨々折、右尺骨々折、頭部及び顔面打撲傷の傷害を負わしめたうえ、翌一八日午前零時三〇分頃、同町大字島野四三番地渡辺幸吉方において、前記創傷により同女を死亡するに至らしめた

第二前記日時、場所において、前記のような交通事故を惹き起したのに

(一)  直ちに前記負傷者飯田ソノに対し、完全な救護の措置を講じなかつた

(二)  直ちにもよりの警察署の警察官に対し、事故発生の日時、場所等法令の定める事項を報告しなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は判示第二の(一)の所為につき、被告人は判示第一の事故発生後、直ちに停車して負傷者飯田ソノを病院に搬入しようとしたが、同女から拒否されたため、同女の希望に従い、同女を自宅に送り届けたのであるから、道路交通法第七二条第一項前段所定の救護義務違反罪は成立しないと主張するので判断する。

前掲証拠によれば、被告人は自動車を運転して判示第一記載の日時、場所を進行中、自動車右側前部ライト付近を黒い人影に接触させたと思われるシヨツクを感ずると同時に黒い人影が路上に倒れてしまつたこと。そこで自動車から下車して見ると判示飯田ソノが横倒れになつていたため、同女を抱き起し、「何ともないか」と尋ねると、「足が痛い、死んでしまいばよかつた」と言うので、足を怪我したと思い、病院に連れて行くつもりで同女を車に乗せたところ、同女は「病院なんか行かなくとも良い、家に連れて行つてくれ。」と何度も言うので、同女から自宅を聞き、そのまま同女を付近の自宅に送り届けたこと。その際家人は同女の孫娘和代(当二〇才)とみつ子(当一六才)の二人だけだつたので、同女らの手を借りて右ソノの衣類を脱がせ、怪我の状態を調べて見たら、右大腿部の付根付近がぶす黒くなつて居り、仰向けに寝せようとすると「痛い痛い」と言い、時には「死んでしまいば良かつた。」等と口走つていたこと。被告人は右和代に対し、「ばあさんが車を避け切れずに車の後部に触れて道路に手をついて倒れただけだ。」と告げたので、同女は大きな事故でなく、怪我の方も心配する程のものではないと考えていたこと。被告人は間もなく同家を辞し、自宅にある売薬のぬり薬等を持つて再び和代方を訪れ負傷の手当をしたうえ、翌日病院に連れて行くことを約束して引上げたことおよび負傷者ソノは当時八一才の老齢に達していたことを認めることができる。

ところで道路交通法第七二条第一項前段所定の救護義務は、事故を惹起した当該車両の運転者自身に課せられたものであり、もとよりその救護は完全に遂行することを要するから(福岡高等裁判所昭和三七年七月七日判決、下級裁判所刑事裁判例集第四巻七、八号六二一頁参照)負傷者が車両にシヨツクを感ずる程強く接触して転倒し、受傷のため歩行不能の状態におち入つたときはたとえ外形的所見がなくとも、精密な検査を必要とする場合が多いから、直ちに病院への搬入、医師への急報等、救護のための完全な措置を講ずべく、単に負傷者を自宅に送り届けて家人に引渡すのみで足りるものではない。負傷者が病院への搬入を拒否した場合は、不救護罪の性質上承諾傷害の理論に従うべく、同理論の適用を研討すれば、負傷の程度が軽微な場合は別として、すでに負傷のため歩行不能の状態におち入つた以上、被害者の承諾により救護義務を免除し得るものと解することはできない。すなわち右の場合はもともと負傷者の意思を顧慮すべきでものではないから、仮りに負傷者の意思を確認し(無智な者は免角医療費の負担等を顧慮し、医師の診療を拒否することがあるから、その真意と理由を確める必要のあること言うまでもない、また病院への搬入を拒否し、往診を希望するのかも確認すべきであろう。)それに従うのを相当と認めて自宅に送り届けた場合でも、医師に急報して往診を求め、自ら医師に対して事故の状況その他治療に必要な事項を説明し、医師をして適切な措置を講ぜしめるか、少なくとも救護につき適切な措置を講じ得る能力のある家人に対して、事故の状況を説明したうえ引渡し、その後の救護につき家人の承諾を得べきものと解する。

前記認定事実によれば、被告人は歩行不能の状態におち入つた老令者たる負傷者を、病院搬入を拒否する理由を確めることなく単に自宅に送り届けて、十分な判断能力を有しているとも思われない弱年の娘に引渡したに過ぎず、しかも、事故の状況を詳細説明することなく、歩行不能であるばかりか、劇痛のため体を動かすことすらできないような重傷であることを知りながら、医師の往診を求めなかつたのであるから、自己に課せられた救護義務を完遂していないことは、極めて明白である。

以上説示のとおり被告人には判示飯田ソノを救護する義務を解怠したことが明らかであるから、これと見解を異にする弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条に、判示第二の(一)の所為は道路交通法第七二条第一項前段、第一一七条に、判示第二の(二)の所為は同法第七二条第一項後段、第一一九条第一項第一〇号に該当するから、所定刑中第一の罪につき禁錮刑をその余の各罪につき懲役刑を選択するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に則り最も重い第二の(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役一〇月に処する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 太田実)

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